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ノーベル化学賞の田中さん

(※ ホームページの 2003年1月25日付文をここに移動しました。
 文を表示するには、「続きを読む」をクリック )

昨年(2002年)、2人の日本人ノーベル賞受賞の話題でマスコミが沸いた。特に、学者ではない若いサラリーマンから初の受賞者が出たことは、おそらく多くの人に好感を持って受け止められていたと思う。私も、暗い気分だったときにこの明るい話題に元気づけられた。

ニュースでわかったことだけど、その田中耕一さんは、私と同じ高校出身なのだ。富山中部高校。学年こそ違うけど、一時期同じ校舎で同じ空気を吸って過ごした。共通の先生の授業も受けたわけだ。そう思うとちょっと親近感が沸く。それに、田中さんの勤める島津製作所といえば、私が大学時代の卒論研究で毎日のようにお世話になっていたガスクロ装置のメーカーなのだ。なんだかとても親近感が沸いてしまう。

田中さんは、連日のマスコミ取材攻勢などでハードスケジュールを余儀なく課せられながらも、授賞式での講演のために睡眠時間を削って英語原稿を推敲され、晴れの舞台を堂々と飾られた。手を抜かずに全力投球される様子を感じて気持ちよかった。世界的に高く評価される研究をしておきながら、ときには英語での講演も立派にこなしてしまう。なんと素晴らしいことか。

ああ、それなのに自分は、化学にかけては今となっては全くの門外漢となり、そして英語のほうに専念しているはずのわりにはこれも今一つ。いや、比べること自体おかしいわけだけど。まあ、気分だけでも彼にあやかって、自分は自分のペースでやっていくしかない。などと思っているうちに、また新しい田中さん記事を目にした。

1月9日付け朝日新聞。「日本語にしかない思考回路大切に」の見出しで、田中さんが日本で行った講演内容の一部を紹介した中で: ‥‥ 受賞対象となった発見に関する英語の論文が、ドイツの研究者の論文とほぼ同時期に出たことなどから、欧州では化学賞の選考に議論があるとの報道もあったが「日本語では1年以上前に発表していた。世界では英語の論文を出さないと評価されず、不公平」と批判。

そんなことがあったのか…。 これを読んで初めて、自分が今仕事でやっていることと、その発見をした当時の田中さんをちょっとだけ関連付けて見られる気がした。当時、とりあえず日本語の論文でしか発表しなかったのは、きっと英語で書く時間的余裕がなかったか、面倒だったんだろうなぁ。あるいはその両方か。当時は、田中さんが英国に滞在された頃よりも前だったわけだし。

自分たちの辞典は、今は主に翻訳をする人たちの間で知られているど、ほんとは田中さんのような研究者やサラリーマンやなどにとっても英語が使いやすくなる手助けになりたいという思いもあって 作っている(実際に、ごく一部ながら研究者で当辞典をご利用の方もいらっしゃるようだ)。田中さんみたいな人が海野の辞典を使ったら、どんな感想を持ってくれるだろう? なんて勝手な想像を巡らせてみたりしている。
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